日本代表チームのユニフォームはなぜ青なの?

English version is in this blog.

日本の国旗は紅白なのに、なぜ日本代表チームのユニフォームは青なの?という疑問は日本を含めて世界のどこでも聞かれる話である。これに対するJFAの公式回答は、

「日本の国土を象徴する海と空の青」と一般的に考えられていますが、実際は後になってつけられた理由で、なぜ青なのかということは文献が残っておらず不明です。日本のユニフォームは、戦前に水色を採用しており、戦後もそれが引き継がれていました。

というものである。日本サッカーミュージアムにある最古の代表ユニも青で、これについて正確にさかのぼることはもう不可能である。ただし、有力な「東大由来説」があるので、これを紹介する。

青は大学スポーツから来たものか

明治の日本では、サッカーはカレッジスポーツの一種としてラグビーなどとともに普及した。このため、1959年まで天皇杯は学生チーム(特に師範学校)が独占していたほどである。明治時代は何でも欧米の真似をしてみようとしていた時代でもあり、1920年に開かれた東大・京大対抗のボート競技では、オックスフォードとケンブリッジの対抗戦を真似て青いユニフォームを着用し、それ以降、東京大学は他の競技でも(ケンブリッジを真似た名残の)淡青を主体に使っている。

スポーツの国別対抗戦が本格的に始まったのは20世紀初頭のことだが、始まったばかりの国別対抗戦では、「代表」を決める方法も安定しておらず、国内カップ・リーグの優勝チームが国を代表して出場することがあった。例えば日本最初の「代表チーム」は東京高等師範学校(現在の筑波大学)のチームそのものであった。その後の国際試合では各大学からよい選手を選ぶ選抜チーム方式と国内勝者がそのまま出場する代表チーム方式の間を行き来するが、ベルリン五輪の少し前、第9回極東選手権大会(1930年)で東大中心の代表チームが組まれている。この名残でベルリン五輪でも青が採用され、20世紀後半に日本サッカーの主役が実業団、プロと移り変わり、「青」の起源が忘れ去られても続いたのではないか――というのが現在よく知られた仮説である。

ケンブリッジのボートチームの色、淡青は、元をたどるとイートン校の色だと言う。偶然ながら、イートン校は現代サッカー発祥の地でもある。日本代表のユニフォームの青は、かつてサッカーがカレッジスポーツだった頃の名残をとどめているのである。

推定される起源
イートン校の色 → ケンブリッジのボートチームの色 → 東大のボートチームの色 → 東大サッカー部の色 → 
確定している歴史
→ ベルリン五輪代表 → 日本代表
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