五輪でさえ「将来の日本代表」への貢献度は高くない

しばらく前にU-20の結果が将来を決めると思ってはいけない理由について書いたが、五輪についてはまだいささか幻想があるようである。五輪代表は「将来のA代表予備軍」として捉えられがちで、良い監督を連れてきて結果に拘れという人が結構いるが、実際のところそこまで重要性は高くない。

五輪代表は「半分」の代表

五輪は4年に1回のため、U-23代表で一つの「世代」になるのは五輪開催時20、21、22、23歳の集団になるが、この年齢帯ではどうしても23歳や22歳といった一歩でも早く成長している年齢が有利になり、五輪時21や20では五輪代表に選ばれにくい。このことを過去の日本U-23代表の年齢構成から示す。

2000 2004 2008 2012 2016 合計
OA 3 2 0 2 3 10
23 5 6 4 2 4 21
22 3 5 7 8 5 28
21 4 2 2 3 5 16
20 3 1 3 2 0 9
19 0 2 2 1 1 6

五輪時22~23歳(ここでは「表年」と呼ぶことにする)と21歳以下(「裏年」と呼ぶ)の比率は5:3程度であり、OAも入れて22歳以上と21歳以下に分ければ比率は2:1となる。明らかに「表年」のほうが選ばれやすい。

一方で、選手個々人の成長が「表年」か「裏年」かで変わることはない。すると、20代半ばに差し掛かるころには「裏年」の面々が追い付いてくる。「表年」で晩成型の選手の追い付きや、五輪代表選手のケガなどが重なっていくと、A代表で五輪代表だった選手の比率は下がっていく。それを実際に確かめてみよう。

2017年8月(予選 vsオーストラリア、サウジ)召集メンバーを五輪出場と不出場、五輪時の年齢22以上(表年)、20-21(裏年)、19歳以下(飛び級)で分類した表を以下に示す。なお久保裕也はクラブが拒否していなければ出場していたので出場扱いとしている。世代としてはアテネ2、北京8、ロンドン11、リオ6である。

五輪出場 不出場
表年22- 4 2
裏年-21 8 11
飛び級 2

五輪出場者は14名、五輪不出場が13名でほぼ同数である。また「裏年で五輪不出場」の選手が突出して多いのも見て取れるだろう。ロシアW杯3次予選を支えたのは原口、大迫、昌子、川島といった五輪不出場組の伸びであり、その多くが「裏年」生まれである。A代表の「厚み」はここが支えていると言って過言ではない。五輪出場者についてはリオ世代の「裏年」組が多め(4名)に召集されているためやや多いが、北京組やロンドン組を見る限りは基本的に「表年」「裏年」の数は同程度になるようである。

五輪は「まあまあな選手」の大会

また五輪代表は育成目的のため原則として1回のみの選出であり、香川や井手口など飛び級メンバーが2度選出されることはない。またもはや育成段階を卒業してクラブで国際レベルの試合に出ている場合も出ない場合が多い。日本では久保裕也はEL予選出場のため召集外となった。国外で言えば、すでに活躍してるムバッペ、デンベレあたりがこれから五輪に出場するのはいささか想像しにくいだろう。現在の区部サッカーでは23歳は普通に活躍していなければならない年齢であり、23歳の時点で活躍していればビッグクラブから引く手あまたになる。言ってしまえば五輪は「超一流を除いたまあまあな選手の中での大会」という位置づけに近い部分がある。OAを除いた五輪メンバーは15名程度になるが、日本でさえA代表に安定して残るのは多くて半分程度でしかないし、強豪国は超一流の選手がさらに合流してくるわけで、五輪で結果に拘ろうともそれは将来の代表を占うにはいささか材料が足りない。

また五輪は「超一流を除いたまあまあな選手の中での大会」という位置づけになってしまっており、一発勝負であることから、移籍のためのショーケースとしてはほとんど機能していない。今の移籍事情で22、23はギリギリ若手と呼んでいいが「青田」ではないというところであり、リーグで目立った活躍してなければ引き抜かれることはない。現在はJリーグにも欧州中堅どころのスカウトは当たり前のように来ており、鳥栖の鎌田やFC東京の中島のように普通に引き抜かれていく。五輪経由での移籍は、ロンドン大会の後にA代表での実績込みかつパニックバイで買われた吉田麻也という例外を除けば、五輪で一番頑張ったキャプテンの大津がVVVフェンロに行くのが精いっぱいである。

今時、五輪を凄い大会と位置付けてそれで選手の将来が決まる、あるいはA代表の将来が占われる、などということは考えないほうがいいだろう。

東京五輪だけは例外かもしれない

ただ、東京五輪の時だけは、地元開催で祭りを盛り上げる都合で強力なメンバーが組まれる可能性はある。リオ五輪の時はブラジルはネイマールを招集しているが、通常彼のクラスの選手が五輪代表への召集をOKされることはない。日本の五輪代表もOA枠は毎回たらいまわしになり自ら手を挙げる人は滅多にいないが、東京五輪の時だけは注目度も異なることから事情が変わるかもしれない。もっとも、そうだったからといって、五輪の成績が良かったからといって移籍市場で注目を高める効果はかなり限定的だろう。

広告

独断と偏見で選ぶ日本のダービー

感情的ライバル関係

「偶々今現在の強豪の対戦」ではなく、成績が悪かろうがこの試合だけは絶対に負けられないという度合いで選択したライバル関係

1位 大阪ダービー

地域ライバルと成績ライバルの両方を満たす関係。両方とも4万人規模の専スタを持っており、今後とも日本を代表するダービーで居続けるのではないかと思う。

2位 さいたまダービー

合併の際に浦和・大宮の地域間ライバル関係への注目度が高まったことにより、こちらの注目度も増したのではないかというダービー。成績が似通っていなくても降格の引導を渡すか、優勝戦線から引きずり下ろすかという争いで十分熱くなれる。

3位 長野ダービー

もともと存在する地域間ライバル関係が強く、長野のプロ化自体が松本に対抗してのものである感じさえあり、生まれながらのライバルと言える。

4位 静岡ダービー

サッカー王国伝統の試合だが、遠州と駿州の対立はそこまで激しいとは感じない。

 

親善試合的ダービー

多摩川クラシコ

人工的に設置したイベントの割には定着し盛り上がっているという印象。

ちばぎんカップ

もはや県内ライバルというよりちばぎんカップという行事の印象。

川中島ダービー・富士山ダービー

川中島の戦い、富士山がそれぞれ全国的知名度があるからゆえに冠が成り立つ。雰囲気はむしろ親善的。

バトルオブ九州

試合数の多さもあり定着度は高い印象。個人的にはアビスパとサンガがもっとライバルになれば面白いと思っている。

広島に土木掘り込み方式でサッカー専スタは建つか?

 昨今どのクラブも専用スタジアムを欲しているが、それに立ちはだかる壁となるのが建設コストである。各クラブともそこには工夫を凝らしており、例えばガンバ大阪の新スタは様々な工夫と最新工法の導入で同スケールのスタジアムに比べ半分程度の費用で建設されている。そのような試みの中で、個人的に感心したのはチュウブYAJINスタジアムの土木造成方式である。スタジアム建設コストの大半はスタンドという巨大建造物の建設費用にあるが、フィールドの周囲に斜面があって形成した法面に座席を設置するだけで済むのであれば、そのコストの大半は浮くことになる。実際チュウブYAJINスタジアムの造成費は3~4億円とされ、同サイズのスタジアムの1/3~1/5のコストと評価できる。もちろん安全性確保のために斜面の強度や排水システムの整備が必要となるが、条件に合うスタジアムサイズの丘や窪地、沢があるのならなかなか面白い選択肢であるように思う。

 土木方式での専スタの造成を妄想するにあたり、広島を適地として想定した。広島はJのクラブの中でも最も専スタへの希求が強く、山が街に迫る地形から選択肢が多いためである。もっとも、そのような条件であるから広島市内には山間にもすでに多数の建築物があって選択肢が狭まるほか、軟弱地盤が多く土砂崩れでの災害もあることから、安全性の評価の面で実施不可能なのかもしれない。とりあえず今回は妄想なのでそこは気にしないものとする。

 そういったわけで、広島市の中心から離れていないところでサッカースタジアムに適した地形を探してみた。一層式の観客席で2万人収容のサッカースタジアムを作るには、長辺200m、短辺150m程度が必要になる(参考画像:フクアリ)。そのような形を持つ丘または小さな窪地があれば最適ということになる。地図を眺めまわしていたところ、そのような地形に該当する場所として2地点を発見した。

フクアリ

牛田浄水場第3~第5配水池

市の中心部よりやや北、牛田山のふもとに牛田浄水場という施設が存在し、山裾を造成して配水池が5つ作られている。このうち第5配水池にほぼ被る領域が土木造成方式によるスタジアムに適していそうな地形をしており、土砂災害危険地域でもない。バックスタンド10000人、北側ゴール裏5000人が造成とわずかな建設で確保でき、メーン5000人程度と南側ゴール裏1000名程度のスタンドを建設するだけの負担で建設できそうである。もっとも、既存の第3~第5配水池と被るため、フィールドの直下を配水池とするような配置換えの造成が必須となるので、そこが難しいところか。仮に空き地であれば、駅から順に牛田総合公園、東区スポーツセンター、屋内プール、バラ園などがあり、公園としてこれにサッカー場が加わるのはあまり不自然ではなさそうである。

竜王公園東側

 市中心部より西、太田川放水路を渡ってすぐの山に、竜王公園というスポーツ施設がある。この東側に、民家が5件ほどある小さな沢がある。この沢の分水嶺を切り取ると、長辺250m、短辺175m程の長方形となり、もはやサッカー場を造成ために存在しているとしか思えない地形をしている。急傾斜によるがけ崩れのハザードが指摘されているが、サッカー場を造成するために崖の切り取りとフィールドの埋め立てを実施すると、それも自然解消してしまう。

 公共交通の便がやや悪く駐車場も作りにくいという点や、近隣に大型のマンションがあり騒音補償が必要そうな点、民家があるところがネガティブだが、地形的にはここに作れと言わんばかりである。ついでに言えば、土木造成によるスタジアム建設のイメージは、竜王公園テニスコート脇の法面に座席が配置されていると言えばイメージもしやすいであろう。

以上、単なる妄想ではあるが、意外と建つんじゃないかという印象を持った。比治山、不動院前、広島駅北の双葉山南麓なども地形的には良さそうだが、スペースがないので難しそうである。

AFC懲罰の相場観

まだまとめ途中なので悪しからず。

選手個人の問題

選手個人の問題は基本的に選手個人に出場停止措置が取られる。

粗暴犯

審判による命令の無視

チームの問題

チーム(選手全体+スタッフ)の問題は、基本的にクラブに罰金が科される。

試合準備不備

  • 選手リスト提出遅れ(15分)
  • 予備ゴール不備
  • 試合開始の遅延

広州恒大は選手リスト提出遅れの常習犯(累積期間中6回目)であり、初犯と比較すると約6倍であることから、違反ごとに「単位罰」とでもいうべき目安があり、累積期間中2回目以降は単位罰に累積回数を乗じた罰となるようである。

フェアプレー違反

  • Al Rayyan SC / 24 April 2017 / 試合後の握手拒否 / 罰金1千ドル

観客トラブル

観客トラブルは基本的に無観客試合の対処がとられる。

  • Eastern SC / 25 April 2017 / 観客が英国領香港の旗を持ち込む(独立運動) / 罰金1万ドル
  • Persepolis FC / 10 April 2017 / 観客席で喫煙者がいた / 罰金3千ドル
  • Persepolis FC / 8 May 2017 / 発煙筒持ち込み / 2年で4回目 / 罰金1万ドル、無観客試合1

イースタンSCの英国領香港旗の持ち込みは、以前の試合で広州恒大のサポーターがイースタンSC並びに香港分離派に対する敵意の表明として掲示した「殲英犬 滅港毒」のフラッグへの意趣返しだろう。この例を見ても、正規の国旗として公示された旗以外の国旗(旧国旗、地域旗など)は問答無用で取り締まりの対象となる可能性が高い。

 

出典

浦和・済州戦の裁定は妥当か?

ACL浦和・済州戦での乱闘騒ぎでAFC側から処分内容が発表されましたが、それを受けて現地映像(メーン側バック側)を見直してみました。

AFCの処分

今回の裁定は、かいつまんで説明すれば

  1. 浦和の選手に処罰に値する非はなし
  2. 済州の3選手の罪は重い
  3. 済州スタッフは乱闘に積極関与しておりより重い罰金。
  4. 浦和スタッフも口論で応戦しており乱闘への関与とみなす

というものです。詳細に見た場合、

  • 20番 チョ・ヨンヒョン
    • イエロー2枚で退場(47条)+退場命令無視(63条)+暴行での不品行行為(50条)
    • 6か月追放+罰金2万ドル(50条)
  • 3番 ペク・ドンギュ
    • ベンチから飛び出してエルボーで一発レッド(47条)
    • 3か月追放+罰金1万5千ドル(48条)
  • 5番 クォン・ハンジン
    • 試合後に周囲の選手に暴行でレッド(47条)
    • 罰金1千ドル(48条)
  • 済州
    • スタッフの乱闘への参加(51条)という不品行行為(50条)
    • 罰金4万ドル(50条)
  • 浦和
    • スタッフの乱闘への参加(51条)という不品行行為(50条)
    • 罰金2万ドル(50条)

となっています。今年に入ってから(第40回以降)のAFC規律委員会の処分例を見る限り、初犯ならば

  • プレー中カッとして掌で突き押した→レッド1試合出場停止+追加懲罰1試合出場停止+1千ドル
  • プレー中カッとして拳で殴った→レッド1試合出場停止+追加懲罰6試合出場停止+4千ドル

あたりが相場であり、5番の槙野追いかけ選手は相場通り、3番エルボー選手への処罰はベンチからわざわざ走ってきたことなどを加味したのか、相場から見ても例外的に重い処分と言えます。退場命令無視は3~12か月の追放が通例で、その意味では20番の選手への処罰は相場通りなのですが、それが暴行と比して重いか軽いかは皆さんの判断にお任せします。

試合後の乱闘について

試合後の乱闘については、ぱっと見チーム全体が乱闘しているように見えますが、子細に観察すると済州側の5選手が異常に興奮し、それを済州のスタッフと浦和のスタッフで止めようとしているという構図であることが分かります。特に乱闘序盤で済州の選手を止めようとしているのは済州のスタッフです(腕に白ラインのジャージが浦和、腕が無地のジャージが済州)。異常興奮していたのは以下の5名です(太字:処分済み)。

  • 37番 キム・ウォニル(試合終了直前のもみ合いでイエロー、試合後最初に槙野を攻撃)
  • 5番 クォン・ハンジン(37番のもみ合いを見て槙野を攻撃、試合後の件でレッド+追加出停1
  • 13番 チュン・ウン(槙野を最後まで追いかけた、プレーでイエロー、乱闘未処分)
  • 赤シャツ チョ・ヨンヒョン(イエロー2枚で退場、退場命令無視で乱闘まで居残る+6か月追放
  • 3番 ぺク・ドンギュ(阿部へのエルボーで退場+3か月追放、よく見ると退場後に乱闘に参加)

映像を見る限り、済州側の残りの選手・スタッフはこの5名を何とか止めようとする一方、浦和側にはなるべく離れてくれというジェスチャーを取っており、本件をこの5名による個人の犯行でありチームの残りは止めようとしていたという基準で裁けば、止めきれなかったことの責任が済州2:浦和1であることは妥当な範囲かなと思います。

この試合でのトラブルは、試合終了前の暴行+試合終了後の乱闘の2段階あるのでそれぞれ別に処分するべきだ、ゆえに試合終了後に多数が関わった乱闘の処分が甘いのではないか、という意見は分かりますが、よく見れば乱闘を主導している選手は終了前・終了後のいずれでも一緒であり、5名中3名に追加懲罰、1名はイエロー提示済みであり、8割がた片付いていると言っていいでしょう。AFCが今回示した基準に照らせば、不足していると思われるのは

  • 3番ペク・ドンギュもエルボーで退場しているのに居残って槙野を追い回しており、退場命令無視で+3か月の懲戒を受けるべきである
  • 37番キム・ウォニルと13番チュン・ウンは槙野を追いかけ、止めようとする浦和の控え選手や済州スタッフを突き飛ばすような行為があり、+1試合程度の追加懲罰を受けるべきである

あたりというのが自分の意見です。なお、この5選手は共通して槙野を狙っており、槙野にムカついていたのは確かなのでしょうが、槙野は中指突き立てやfour-letter-wordなどの明白な害意を示していないようで、挑発されたとセルフジャッジして暴行に及んだ5選手の責任は免れませんし、そもそも挑発されたと解釈してもそれは主審とマッチコミッショナーに訴え処分を求めるのが正しく(済州7番の選手はそのようにしている節があります)、暴行に及べば(仮に挑発があったとしても)その責は免れないでしょう。

チームへの処分とあるべき対処法

この5名の暴走に付き合わされて浦和が罰金を支払わされるのは理不尽である、というのはビデオを見直しても思いますし、加えれば、乱闘を主導した選手個人の罪と見るならば、この5名を羽交い絞めにして止めようとしていた済州スタッフが(管理不行き届きを咎められているという部分を除けば)あたかも乱闘に積極的に参加したかのように処分されるのは不適当であるように思いました。

本件では、AFC規律委員会が浦和・済州のスタッフ双方ともが暴走する5選手をなんとか止めようとしていたことを「乱闘への参加」であると判断した、というのも重要であると思います。私個人としてはあれは乱闘を止めようとしていた行為と取れましたし、あれが不十分であるというならAFCは「正しい乱闘の止め方」のガイドラインを提示すべきでしょう。例えば、エキサイトしている選手が多くそのままでは止めきれないとレフェリーが判断した時、レフェリー権限で両者隔離を命じ、試合後セレモニーを威圧した営業妨害で済州から浦和に200万円程度の損害賠償を命じる、といった処置であれば筋が通っているかなと思います。

これはJFAとJ理事会についても同様であり、組織としてAFCの処置に従う方針ならば、それに順じて国内チーム向けに「FIFA/AFCの裁定で乱闘に参加したとみなされない乱闘の止め方」のガイドラインを策定すべきであり、その責任があると思います。

また、済州のクラブへの処分が軽すぎるという意見もありますが、ここまで書いた通り乱闘を主導したのは5名の選手だけで残りは止めようとしていますし、FIFAの目的は「試合をさせる」ことであって、他のプレーヤーが試合をするのを妨害しようとする選手のみ致し方なく出場停止・追放処分とするものであって、今回暴走した5名を止めようとした選手の出場機会を奪うことは望ましいものではないと思います。

補足

Johor Darul Ta’zim 2017/5/31 – 退場命令無視+審判4名への反抗 → 出場停止12か月

U-20の結果が将来を決めると思ってはいけない理由

U-20ワールドカップの結果は国内でもそこそこ人気を集めていたが、この結果が将来の日本代表を直接左右するかのような発言も見受けられたので、そうではないことを説明する。

A代表の年代別代表経験者は半分程度かそれ以下

 A代表がみな年代別経験者というわけではない。例えば、2010南アW杯代表と、2017年3月の代表で見てみよう。()はU20代表経験があるが本戦未出場、*は予選敗退した年の代表を示す。

【2010南アW杯代表】
川島 03 楢崎 (95) 川口 –
中澤 - 闘莉王 - 長友 - 内田 07 駒野 01 岩政 - 矢野 –
長谷部 - 遠藤保 99 阿部 (01) 今野 (01) 稲本 99 俊輔 97 憲剛 –
松井 (01) 大久保 (01) 本田 05 森本 05 岡崎 - 玉田
U-WC 本戦出場者 8/23
U-WC 代表経験者 13/23
【2017.3アジア最終予選代表】
川島 03 西川 05 林 07
吉田 - 宏樹 - 高徳 11* 長友 - 森重 07 昌子 - 植田 13* 槙野 07
香川 07 山口 - 長谷部 - 今野 (01) 清武 - 高萩 - 倉田 - 遠藤航 11*
大迫 - 久保 13* 原口 09* 本田 05 岡崎 - 小林悠 - 浅野 - 宇佐美 11*
U-WC 本戦出場者 6/23
U-WC 代表経験者 14/23

以上のように、A代表のうちU20W杯経験者は1/3程度で、UW杯を含まないU20代表経験でさえ半分程度にとどまる。意外と少ないことが分かるだろう。

これらは、単純に早熟の選手がこちらに出て晩成した選手が後から追い抜くこともあるし、U20の大会は2学年分をまとめているため下の学年の選手が上がってくるのが遅いということもある。下の学年の選手向けに、U20の大会と同時期にU19の大会(トゥーロン国際大会)が開かれており、それなりに有力なメンバーがそちらに出ている。加えて、20歳以下でもすでにクラブで成功を収めている選手はクラブ側が出さないこともある。今回の大会で言えばフランスのムバッペはその代表格と言えるだろう。また、2001年大会のように予選の主力でありつつもクラブでの怪我から出ていない選手が大量にA代表入りするケースもある。

この中からA代表に定着するのは1~3人程度

A代表を多数輩出した黄金世代を別として、2000年以降のU20ワールドカップ代表で、年代的にW杯2大会を経験できる世代でA代表に定着した(15試合以上)メンバーを挙げてみよう。

2001年 駒野(78) 前田(33) 寿人(31)
2003年 今野(88) 川島(74) 栗原(20)
2005年 本田(88) 西川(31) 伊野波(20)
2007年 内田(74) 森重(41) 槙野(24) ハーフナー(18)
2009年 香川(86) 原口(22) 柿谷(18)

W杯に2大会以上出るようなメンバーはU20代表から世代1人、W杯に1回出られるメンバーがもう1人、アジアカップや予選でワンポイントで活躍するメンバーが+1~2人というところである。前述のようにA代表にU20W杯未経験者が多く入ってくることもあるし、U20大会は所詮は2学年分の代表なのに対しW杯は4年に1回、良い選手なら2~3大会は連続して代表に入るため、A代表はU代表2~4世代の選手間が争うさらに狭き門となっている。A代表の半分がU20代表未経験であることを鑑みれば、U20代表からA代表に残るのは1/4~1/8ということになり、U20代表からA代表に残れるのは1~3人という数字はここからくる。

また、U20代表に選ばれた選手がプロ入り後のキャリアを保証されているわけでさえない。さすがに全員プロ入りくらいはするが、J1ではぱっとせずJ2でプレーを続ける選手も1/3程度出る。U20代表に選ばれた選手がそのまま将来のA代表に反映されるということはまずない。

クジ運の影響が大きい

U20大会は2年ごとに行われ、A代表ほどみっちりランキングを決めるわけではない。したがって、事前のランキング査定も信頼のおけるものではなく、即製のものである。このため、籤運が大きく左右することもある。例えば2017年大会では日本は4チームと対戦しどの相手もにそこそこ善戦したが、グループリーグで敗退した南アフリカを除けば残り3つはベスト4に入っており、日本もクジ次第ではあと1~3は勝ちが増えただろう。しかしそれはあくまでクジ運であり、あまり気にする必要はない。

育成目的であり監督もそこそこ

U20の監督は基本的に育成畑であり、プロクラブを率いるレベルの監督は基本的に来ない。どこの境界も勝利至上主義で来ているわけではなく、その点であまり結果に拘泥する必要はないだろう。

オリンピック・マルセイユと酒井宏樹の1年

この半年ほど、オリンピック・マルセイユというクラブを追いかけていました。経緯は以下の通りです。

  • DAZNを下見する目的で昨年12月から加入していて、3か月ほどJ以外を見ていた。
  • ちょうどその12月から酒井が活躍しているという話が流れ、所属するマルセイユというクラブの事情含めて面白いと感じた。

 

凋落した古豪、マルセイユ

マルセイユはかつてリーグアンでPSGと双璧を成していた強豪である。2016年夏、マルセイユには強豪の影も形もなかった。直前シーズンは13位、加えて主力選手が次々放出されている状態だったからである。クラブオーナーのマルガリータ・ルイ・ドレフュスは、実業家の夫ロベール亡き後その保有権を相続していたが、彼女は率直に言えばトロフィーワイフ(金持ちになってから捕まえたロシア美女)にすぎず、彼女の手にはこのクラブの経営は手に余る状況であった。彼女はクラブの売却を表明し、売値を最大に高める手段をとる――選手の売却である。クラブが保有する選手の「評価額」はあくまで推定値に過ぎず、また違約金の形式をとる現在、実際に売却できる額は流動的である。彼女は早く・高くクラブを売却するため、優良選手を売却し移籍金を得て帳簿レベルで資産価値を高めようとした。これにより、バチュアイ(39M€)、メンディ(13M€)、エンクドゥ(11M€)、マンダンダ、マンキージョ、ジャ・ジェジェといった主力選手は悉くクラブを去った。

一方で、減少した選手を補いチームとしての体裁を整えるため、新しい選手を集める必要もあった。資産を減らさないため、移籍金のかからないフリー選手やレンタル選手をかき集めるようスカウトに指令が下された。酒井宏樹は2部降格したハノーファーに所属していたが、双方合意の上フリーの身分となっており、彼をリストの端に乗せていたマルセイユスカウトはこのタイミングで彼を獲得した。2016-17シーズン開始時のクラブのメンバーは以下のような状況であった。

  • 8名=売れ残り(当時の推定評価額1.5M以下)
  • 5名=少額獲得(1.5M以下、フリー)
  • 6名=レンタル
  • 7名=レンタル帰り
  • 1名=金をかけて獲得

ただ、オーナーは2016-1017シーズン中に売却を完了するつもりであったので、移籍金がかかりさえしなければ給料は悪くないものであったようで、レキップ紙推定の平均年俸はリーグ6位に位置していた。期待はできないが、ポテンシャルは低くない――これがシーズン開始当初の状況であった。

シーズン開始からしばらくは昨年成績とあまり変わらずパッとしないもので、降格圏すれすれの順位が続く。メンバーも昨年の主力がまったくおらず手探りの状況で、プレ、トヴァン、ゴミス、酒井を除けば毎試合入れ替わるありさまだった。酒井も監督のパッシには頑張りは評価されていたが、1対1で抜かれることも多く、安泰というより控え不足で出ざるを得ない状況であった。

復活の息吹

10月にやっとクラブ売却が成立し、次シーズン以降を見据えた新監督としてリュディ・ガルシアが招聘される。ガルシアは就任直後の6節は1勝3分2敗とふがいない成績ではあったが、この間にフォーメーションを変え多くの選手を入れ替えて試している。酒井もマルセイユで初めてスタメン落ちを経験するが、そこでフィールド外から試合を見たことで試合への入り方が大きく変わったという。守備に関しても、リーグアンに多い瞬発力勝負を仕掛けてくるアタッカーに対応するため、裏を取られないようお見合いになる方法を捨て、相手が前を向く前に潰しに行くアグレッシブな守備に切り替えたという(インタビュー

12月に入り、ナンシー戦でシーズンで初めて内容に結果が伴った「勝ちらしい勝ち」を挙げる。その後年末までに中位クラブ相手に4連勝をあげ、6位まで急浮上した。この時期はマキシム・ロペス、トヴァン、酒井の右サイドで試合を作ることが多く、やっと勝ちパターンを得て安心したマルセイユサポーターから酒井への評価は高まった。トヴァンはニューカッスルに移籍していたものの満足な出番がなく、古巣の危機もあって給料引き下げを飲んで戻ってたこともあり、サポの人気は非常に高かった。ロペスは11月の試行錯誤の時期に見いだされた18歳ユース上がりの新人で、有望な「ウチの子」の出現はサポーターを喜ばせた。なお、筆者がDAZNの下見で加入したのがおおむねこの時期で、活躍したらしいという噂のあったことでこのあたりから見始めている。

停滞と期待

年が明けて1月に入ると、マルセイユは上位陣との連戦がスケジュールされていた。上り調子でもしかしたら……という期待があったものの、それは裏切られる。モナコにはシーズン前半にも0-4の大敗を喫しているが、1月はモナコに1-4、リヨンに1-3で連敗、さらにPSGに1-5で大敗してしまう。内容も著しく悪く、MFでパスをひっかけられ攻め手がないままショートカウンターで簡単に失点してしまうというものであった。

シーズン後半からフランス杯にリーグアンのチームが参加するようになるが、マルセイユはそこで最悪のクジ運を見せ、2~5部のクラブが過半数を占めるにも関わらずトゥールーズ、リヨン、モナコとリーグアン上位のチームとばかり当たることになる。しかしそれは、リベンジマッチのチャンスでもあった。3試合いずれも延長戦にもつれ込む激戦となったが、トゥールーズには順当に勝利、エースのラカゼットを出場停止で欠くリヨンには守り切って勝利、モナコには3バックに変えて挑み、1-1から3-3まで3度の同点としたものの、最後は4-3で敗れた。酒井はそのいずれの試合でも後半~延長戦にかけて出色の働きを見せ、特にモナコ戦では終了間際の果敢な攻撃で同点アシストを記録した。酒井はそれまでbon recrue(良い新人)という扱いだったが、この試合を契機にguerrier(=warrior)、soldat (=soldier)、samouraiといった二つ名で呼ばれるようになる。アグレッシブなスタイル、格上相手にも決してあきらめることなく最後まで戦う姿勢が評価されてのものであった。

カップ戦で上位陣に対抗できる兆しは見えたものの、今度は下位相手の取りこぼしが目立つようになる。上り調子のマルセイユに対して引いて対抗してくる相手も増え、崩しのパターンが見つからないまま、ゴミスやトヴァン、サール、あるいは冬獲得したパイェやサンソンの個人技で辛うじて点が取れれば勝てるが、そうでなければポゼッションしたまま攻めあぐね、カウンターで容易に失点するシーンが目立った。2月の時点ではリヨンの背中も見え、全勝すればぎりぎりニースに追いすがってCLも不可能ではないという時期であり、勝ち点3を取らねばという焦りがあったように感じられた。

シーズン最終盤の残り9試合ほどになると、3~4位は諦め、下から上がってきたボルドーやサンテティエンヌとの5位争いをしていくことになる。この時期は2~3月の反省から失点しないことを重視した腰の引けた試合が目立つようになり、引き分けで勝ち点を失っていき、5~6位を行き来した。それでも最後は奮起し、サンテティエンヌとの直接対決は勝利、3位ニースを倒して5位浮上すると、ボルドーとの直接対決を引き分け、最終節に勝利して自力5位確定、来期ELの3次予選からの出場を決めた。なお筆者は4月以降はフランスが夏時間になり日本での試合開始が朝4時になったため、さすがに起きることができず生観戦はしていないのでこのあたりの記述はあっさり目になるが勘弁していただきたい。

前評判を見返した現メンバー

最初に書いた通り、今期のマルセイユの前評判は芳しいものではなかった。それを覆してヨーロッパのコンペティションに戻ってきたのは素晴らしいものである。そしてそのメンバーは:

  • 自らの給料を下げてまでマルセイユに戻ってきた任侠の男、トヴァン
  • 不毛の大地から芽生えた我らがユースの子、ロペス
  • 控えから危機に際して底力を見せたプレ、アンギッサ、ロランド
  • 移籍金ゼロ、期待ゼロから意地を見せた酒井

など、いわば「世間の評判を見返していくアウトサイダー」を体現したものであり、最初は勝てないもの、徐々に勝ちを重ね、中盤で上位に一度屈するものの、一つ一つリベンジを達成していき、名門の誇りを取り戻していった、それがリアルとなったドラマだった――というのが今期私がマルセイユを追いかけ続けた「見どころ」だった。面白いチームであったと思う。

来季の展望

新オーナーによると、マルセイユはこの夏最も大規模な投資を行うとのことで、選手が抜ける可能性が高いCFWと、弱点とみなされているCB、左SBの補強が最重要課題になってくると考えられる。また酒井も控えがいないという状況でカード累積での出場停止時には代役不在で困っていたので、右SBの補強もありえるだろう。海の向こうではヴェンゲル解任の噂があり、アーセナルがらみのベテランフランス人の多くにマルセイユ移籍の噂が立っていて、ひとまず集める人には困らなそうである。またEL予選を勝ち残って本戦出場が確定すれば試合数も増えるため、ターンオーバーのためにより補強が進むだろう。

戦術面では、引いた相手を崩す手段のなさはシーズン最終節まで解決しなかった。ただこれは「今いる選手で来季の下地作りをする」というガルシアの自己制約的な面もあり、来シーズンには解消されることが期待される。

酒井本人に関しては、守備面では逆サイドからのクロスで横を向かされた時に隙ができやすいこと、試合日程が密な時に戻りが遅くなること、攻撃面でアタッキングサードに侵入してからの視野の近さとアイデアの不足(これはガルシアからも指摘されているそう)などが課題になるだろう。

マルセイユの気概の話

酒井がマルセイユに移籍した当初は、マルセイユのサポは過激で活躍できないとバッシングが過酷であるということがクローズアップされていた。実際、以前マルセイユに在籍していた中田浩二に対する態度は厳しいものであった。しかしシーズン中盤から酒井が活躍し始めると途端に持ち上げ出し、目立ち始めたばかりの年末の段階でも、PSGサポとの煽りあいで「酒井>オーリエ」という比較が飛び出すなど、むしろ褒めすぎな印象もある発言も少なからず見かけた。もともとマルセイエーズは何事にも話が大げさだというステレオタイプがフランス国内でも流布しており、選手に対する上げ下げの激しさもそういうところからきているのかもしれない。

また、マルセイユは治安が悪いといわれる。酒井自身もそう発言しているし、チームメートのトヴァンは強盗に遭ったこともある。しかし、旅行者の評価では、確かにガラは悪いが、町行く人が悪い人というわけではなく、他都市と比べ犯罪の危険が切迫しているようには感じない、というものもある。

断片的な見方ではあるが、マルセイエーズはあえて言葉を選べば「マイルドヤンキー」気質なのだというのが今の私の理解である。今のチームではトヴァンが一番人気だが、実績はもちろん、身を切ってマルセイユに戻ってきた任侠っぽさが評価されているようにも思える。酒井のプレースタイルもともすれば「馬車馬」的であり、世間一般ならばそこそこの評価にとどまるだろう。しかしマルセイェから見れば、格上相手にも臆さず、試合終盤でも戦う姿勢を捨てず果敢にプレーする酒井のスタイルは、guerrierとして評価が高いというのは納得できる。少なくとも彼は、その不屈の闘争心が「マルセイユの魂を体現している」と評価されているのは確かである。

酒井は果敢なプレースタイルが現監督リュディ・ガルシアの攻撃的戦術と相性が良いが、不屈の馬車馬精神がサポに受け入れられやすい土壌なのは、これまた相性がいいのではなかろうか。