曺貴裁監督のパワハラ報道と法律・JFA規定について

湘南の監督にパワーハラスメント(以下パワハラ)疑惑が浮上し、にわかに喧しくなっている[参照]。従前から氏の指導はスパルタ的であることが知られており、それをパワハラとすることに不満を示す意見も散見される。

しかしながら、世間一般の倫理規範として、あるいは厚生労働省の方針として、パワハラはなくすべきとする方向に動いている。JFAも2012年の桜宮高等学校バスケットボール部体罰自殺事件を受けて「サッカー界から体罰や暴力行為を撲滅」「サッカーの活動における暴力根絶」等強い口調で意思表示をしており、実際通報窓口を設置するようになったことから、体育会系にはありがちだからとなあなあな判断で済ますということには考えにくい。このような背景を前提として、厳しい判断が行われた場合どうなるかについて軽くおさらいしていく。

パワハラの基準はある程度明示されている

今回監督を擁護する発言で一番多いのは「どこまでがパワハラか分からない」「人によるし、私は感謝している」「スパルタのほうが伸びる選手がいる」といった意見であろう。このような疑問は一般就業環境でもパワハラが問題視され始めたときにも多く出たようで、厚生労働省は2012年にはガイドラインを出し始め、「パワーハラスメントの定義について」などの文書を公開している。またJFAも体罰対策として懲罰規定に具体的な例を加えるようになっている[参考]。これに基づいて、報道にある曺監督の行動を振り返ってみよう。

報道によれば、監督は以下のような行動を行ったとされる。

同監督は、複数人の前でチーム関係者の能力を疑問視したように「どれだけ無能なんだ」「お前はウソつきだ」などと人格を否定するような発言を行った。また机をたたいたり、扇風機を蹴りながら選手に罵声を浴びせる行為が日常的にあった、とされる。精神的な苦痛や過度のプレッシャーから練習場に行けず、うつ病などを発症した関係者もいたという。

スポーツ報知 【湘南】曹貴裁監督にパワハラ疑惑、Jリーグが今月中にも調査へ 2019年8月12日

選手、スタッフの前で扇風機を蹴飛ばし、壊した台数は複数。激高してペンを床にたたきつけることもあった。……ある選手はグラウンドに出ると嘔吐を繰り返すようになった。関係者は「ウオーミングアップ中に“ちょっと、トイレに”とトイレに駆け込むんです。戻ってくると“吐いてきました”と」。精神的な苦痛が体に不調を起こし、パフォーマンスは低下するばかり。次第にその選手は練習場に来ることすらできなくなった。

日刊スポーツ 複数選手心折れ練習困難、湘南曹監督パワハラ謹慎へ 2019年8月13日

今季も試合後の控室でミスをした選手を激しい口調で責め、スパイクをけり飛ばす行為があったという。昨季限りで他クラブに移籍した選手の中には、シーズン途中で練習に出てこられなくなった選手が複数いた。

朝日新聞 「滑ってんじゃねーかよ」スパイク蹴る…湘南監督に指摘 2019年8月13日

上記のような行為は、(もし本当にあったのなら)厚労省の示す以下の定義すべてに該当する。

  1. 優越的な関係に基づいて(優位性を背景に)行われること → 監督が行う
  2. 業務の適正な範囲を超えて行われること(その態様が相当でない) → 暴言、扇風機やスパイクを蹴るなど改善指示を伝えるだけなら不必要な威圧
  3. 身体的若しくは精神的な苦痛を与えること、又は就業環境を害すること(当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じる) → 練習場に行けなくなる選手・スタッフがいた。嘔吐など身体性の反応を伴う精神症状が出た

監督の叱責が適正な範囲を超えていることは、ガイドラインでは以下のように示されている。特に扇風機等を壊す行為は、改善指示の伝達上まったく不必要な行為であり、事実であれば疑義なくクロ判定となるだろう。

②「精神的な攻撃」
・「馬鹿」「ふざけるな」「役立たず」「給料泥棒」「死ね」等暴言を吐く。
・大勢の前で叱責する、大勢を宛先に入れたメールで暴言を吐く。
・十分な指導をせず、放置する。
・指導の過程で個人の人格を否定するような発言で叱責する。
・ため息をつく、物を机にたたきつけるなど威圧的な態度を取る。

「選手の受け取り方次第だ、合わない選手がいても仕方がない」といった意見も見るが、これも法的には顧みられる余地はない。そもそも、うつ病など一部の精神疾患は効く薬が見つかって以降薬理や病因の解明が進み、関与する神経伝達物質など生化学的側面が重視されるようになっており[参考][参考]、単なる「気持ちの問題」で片づけることはなくなっている。(語弊を覚悟で言えば)ストレス耐性は生まれつきの個人差もあるので、すべてを努力などに還元するわけにはいかない。「たまたま選手のメンタルが弱かったのでゴミ箱を蹴って怒った程度で心が折れただけ」というのは「たまたま選手の体が弱かったので蹴って怒った程度で骨が折れただけ」というのと変わらず、おおよそ容認される発言ではない。

また、報道内容をJFAの懲戒規定に照らせば以下の2つが該当するだろう。特に練習に出られなくなった選手が復帰することなく退団したようなことがあれば、最悪無期限資格停止に相当する(もちろん事実でなければ相応の処分になるだろう)。ただ、この規定に改訂されたのがこの5月のことなので、不遡及とするのであればこの限りではない。

暴言等を繰り返し、被害者が強い嫌悪感を覚える等の苦痛を感じ、被害者及びその周囲の者の当該所属チームでの活動に支障が生じた(暴言等を受けた被害者が当該所属チームでの活動を一時中断せざるを得なくなった、指導者におびえ萎縮して当該所属チームでの活動が阻害された等):1年間のサッカー関連活動停止

暴言等を繰り返し、被害者の心身に重大な障害を与えた、又は被害者が退団する等、当該所属チームでの活動を中止に至らせた:無期限又は永久的なサッカー関連活動停止・禁止、除名

報道に出ていることが事実かどうか現在のところ我々に知ることはできない。当初被害を受けたのはライザップからの出向社員とされていたが、ライザップ側がそれを否定するなど、報道も安定しない。

ただ、状況証拠は存在している。湘南のイヤーDVD(2018)に収録されたロッカールームの様子は、一般企業ではパワハラと判定されてもおかしくないという見方が多い[参考]。また、移籍選手のコメントの中に、練習場に来ることができなくなったことを示唆するものもある。調査に値するかしないかで言えば、値するものであろう。

今シーズンは満足にサッカーができないくらいコンディション的にもメンタル的にも苦しい1年を過ごしてきました。ピッチから離れることもありました

高橋諒選手 松本山雅FCへ完全移籍のお知らせ  2018.12.27

以前にAFCの懲罰について調べていた際に気が付いたのだが、FIFAは(アマチュアも含めた統括団体であることから)ゲームが開催できること、選手がプレーできることを最重要視しており、それ以外のこと、例えばクラブの収入や成績はそれに比べたらどうでもよいこととして扱っている。1人の選手を練習場にも来られないほどに追い込んだとしたら、湘南がいくら好成績を上げようとも、監督がいくら好選手を育てようとも、FIFAの価値観ではそれは一顧だにされない、というのが原則ではないかと思われる。

「スポーツ界は特殊」は通用しない

監督を擁護する意見で2番目に多く見るのが「スポーツ界は特殊であり一般労働環境とは違う」「他の監督もやっている、業界全体に影響が及ぶ」といったものである。

「スポーツ界は特殊であり一般労働環境のパワハラの定義は適用できない」という意見については、明白に否定される。公序良俗や公益の保護を目的とした法律は、業界の慣習に勝つ。サッカー界で法律が慣習に勝った代表例はボスマン判決である。業界の慣習として認められていた選手の保有権が、労働者の権利を定めたEC条約第39条の1(現在のEU機能条約第45条)に違反し無効とされた判決である。パワハラの禁止はこれと同様に労働者の保護を目的としており、業界の慣習が法律に打ち勝つ可能性はほぼない。

「他の監督もやっている、業界全体に影響が及ぶ」という意見についても、(少なくとも建前上)顧みられない可能性が高い。JFAは「サッカー界から体罰や暴力行為を撲滅」「サッカーの活動における暴力根絶」等の標語を掲げており、どの監督も告発されれば槍玉に上がることは確実である。報道の内容が事実であれば、裁判で争ったとしてもパワハラと見なされる可能性が高い案件であり、一罰百戒的な懲戒が与えられる可能性すらあるだろう。

諸外国もまたスポーツ界のパワハラでもがいている

もう一つ気になったのが、いわゆる体育会系的シゴキ文化を日本固有であるかのように扱う言説がそこそこ見られたことである。これは間違いで、諸外国でも体育会系における体罰、しごき、先輩後輩関係によるいじめはかつて日常茶飯事で、日本と同様にこの30年ほどで急激に浄化が進んでいる状況である。

そもそも、日本のシゴキ文化は海軍経由でイギリスからもたらされたものである[参考]。戦前は、学校で体罰でもあろうものなら警察が飛んできたし、陸軍では徴兵反対運動を恐れ体罰は厳禁だったとされる。その中で、海軍だけはモデルとなったイギリス海軍の悪しき伝統[論文]であるシゴキが取り入れられていたのである。イギリスでは厳しい上下関係とシゴキ・イジメの横行は海軍だけのものではなく、パブリック・スクール等の学校でも同じであった[参考]。欧州で体罰禁止が広まったのは1990年代からであり[参考]、それ以前は教師や親が物理的な鞭でもって子供を折檻することが当然・公然に行われていたほどである[参考]。

パブリック・スクールはまた、様々なスポーツの近代ルールの発祥の地でもある。例えばサッカーはイートン校、ラグビーはラグビー校でルールが整えられた。この影響で、欧州、あるいは欧州から派生した米国のスポーツ界でもまた長らくシゴキの伝統が存在した。ドイツで長谷部を指導したことのあるフェリックス・マガトが「しごき魔」「拷問狂」等と呼ばれていたように、近年まで公然と行われていたと言ってよいくらいである。

スポーツ界においても1990年代ころには体罰・シゴキは禁止に向かうのだが、それでも散発的には取りざたされる程度には残っている。桜宮バスケ部事件の翌年の2013年には、アメリカの名門大学のバスケ部監督の体罰が明るみとなり解雇されている[参考]。しかもこの事件では、監督が成績優秀かつ指導された学生の擁護があり、半年近く非公開で軽微な懲戒にとどまっていた。

大学側が最初に事態を把握したのは昨年の11月のこと。その時はコーチに5万ドルの罰金と3試合の出場停止処分を課しただけで、公にすることもしなかった。この大学の生半可な処分にも批判が高まり、大学のアスレチック・ディレクター(体育部責任者)も解雇されることとなった。

……ただラトガース大の選手たちからはコーチを擁護する声も上がっている。「体罰的な行為はコーチのただの一面でしかない。彼は選手のことを第一に考えるコーチだった」とする意見や、「もしみんなが他の練習風景をみるチャンスがあったなら、コーチに対してそれほど厳しい判断を下さなかったと思う」などという意見もあった。一人の選手は、「次のコーチも、ライスさんのように毎日みんなを叱咤してくれるコーチだといい」と語った。

e-StoryPost  アメリカでもスポーツ体罰が問題に、名門大学バスケ部のコーチが解雇 2013年4月6日

擁護のされ方まで含めて今回の事件によく似ていると言えよう。日本だけの問題ではないでのある。

もう少し例を挙げよう。日本のサッカー育成界(あるいは学生スポーツ界一般)には罰走というものが蔓延っている。罰走は選手の能力や規律を高めるうえでの意味が薄い体罰であるとして批判も多い。これはアメリカでも同じであり、アイオワの高校のアメフト部で行われた罰走が体罰かどうかという議論になったことがある[参考]。結局体罰だということになり禁止されるのだが、それが全米共通の価値観かというとそうでもなく、禁止の効力はアイオワ州にしか及ばない状況で、学校での体罰を禁止していない州もまだまだある。体罰撲滅は30年前に本格化したものであり、日本を含めて世界のそこかしこに残っているのが現状である。

悪い態度や不出来なパフォーマンスの罰として、特別にランニングさせることはアイオワ州の高校運動部のフィールドから間もなく消えていくことになるだろう。

……米国は半数以上の州で学校での体罰を禁止している。アイオワ州もそのひとつ。

谷口輝世子 「罰走」は体罰か。米国の議論から 2017/8/28

終わりに

体罰やパワハラはどのような業界にも、どのような国・地域にも見られる。そしてそれを撲滅、根絶していくためあがいているのも、業界や国を超えて共通した課題であり、日本サッカー界もその例に漏れないというのが今回の事件についての穏当な認識だろう。今回の事件を曺監督個人の問題と考えず、他のクラブも、グラスルーツの指導者も、他の業界でも我がこととして考えていくべきではないだろうか。

また、近年のスポーツ育成の世界では、指導者の指導方針が急速に穏健化した一方で、親の認識があまり変わらず、成績を追求し体罰や叱責するケースもまま見られる。このため、様々な国で親の干渉を和らげるための方策が個別に検討されるような状態である。今回の件は、指導者のみならず、子の親も考えるべきことが多い話題であるように思う。

ライセンス

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ハリル招請への勘繰り、または私見「自分たちのサッカー」

 日本代表がザック、アギーレ、ハリルと続くなか、「自分たちのサッカー」をめぐる言説が多く出されている。今回、その中の一つを読んで、少し反駁したくなったので筆を執ることにした。反駁の対象はこちら、フモフモコラム『痛快な勝利に「アンチ自分たちのサッカー論者」が勢いづくなか、それでもやはり「自分たちのサッカー」を探す旅はつづく。』である。

 筆者のフモフモ氏は、ハリルの特徴とされる、戦術を固定せず相手に合わせ弱点を突くやりかたを「いわばジャンケンのようなもの」と評する。本質的には絶対優位・絶対劣位にある戦術はなく、だからこそ身体的特徴などで絶対優位を追求すべきだという意見である。私はこれに反駁する。サッカーの戦術はジャンケンのような関係に収束するまで成熟していない。氏は「日本はこのレベルに達していないので……」としているが、これは日本だけの問題ではなく、世界のサッカーがそうであるというのが私の意見である。

 ここで、サッカーの戦術の歴史を少し省みてみよう。サッカーの黎明期は、フォワード(FW)5名にバックス(ディフェンダー;DF)5名が分業するスタイルであったとされる。その後攻撃と守備に両方参加するミッドフィールダー(MF)というポジションができ、時代が下るとともにMFの人数は増えていった。この方向への変化はより進み、何らかの形で全員攻撃・全員守備に向かっている。攻撃はDFやゴールキーパー(GK)のビルドアップ、フィードから始まるというのは常識化しつつあり、ワントップのような純粋なFWでさえもビルドアップ妨害のような守備的タスクは必須とされている。古くなるが「トータルフットボール」はそのまま全員攻撃、全員守備という標語ととらえることも可能だろう。

 この方向に変化するのは、リソース管理の考え方からすれば当たり前である。分業時代には常に5人、守備時は攻撃陣が、攻撃時は守備陣が、我関せずと見ているだけになる。MFが入ったとして、ごく単純な4-3-3でMFのみが攻守両方に参加しているだけなら、攻撃時は4名、守備時は3名が余っていることになる。サッカーにおける数の有利は誰でも知るところであり、スタミナが続く限り全員を攻守双方に投入したほうが効率がいいのは当たり前だろう。もちろんスタミナもリソースの一種なので、これを節約するために位置関係は動かさずに攻撃はビルドアップとシュート、守備はビルドアップ妨害とライン形成などのようにより細かい分業が工夫されているものだと理解している。

 原始的な攻守分業スタイルは人的リソースの利用効率が絶対的に劣っており、ジャンケンに例えれば「グーチョキパーの全てに負ける手」である。今後復活する余地はないだろう。逆に言えば、リソース利用効率を高めればまだまだ絶対優位を得られる「グーチョキパーの全てに勝てる手」を開発する余地があるということになる。

 この方向での変化は現在も継続しているように見える。私はサッカーの専門家ではないので断片的知識になるが、少し前から攻守交代時に着目した「トランジション」概念が盛んに言われるようになった。これはプレーを時間で切って守備の動きと攻撃の動きをする時間をなるべく最適化しようという、時間軸で選手の利用効率を高めようという挑戦だろう。なんの衒いもなく単に「相手の隙を突く」という言い方をしてもいいが、攻撃できるときには可能な限り速やかに攻撃的シフトを取る人数を増やし、守備時はその逆といった形で人的リソースの利用効率の話にしても問題ないと考える。

 また、考慮すべきリソースは攻守の人数だけではない。ゾーンディフェンスはそれが開発されて以降標準の地位を得るに至っているが、私はこれを一種のリソース管理であると理解している。これを説明すると:

  1. 常識的に、ボールをゴールに近づけられたら失点の危険が高まる。
  2. 常識的に、ドリブルやパスの距離が延びるほど精度は下がり、成功率も低くなる。

1と2を畳み込めば、失点危険度×発生率=失点(損害)の期待値=失点リスクを表すマップが得られる。このとき、リスクの高いエリアから順に守備選手を配置していけば失点リスクを最小化できるだろう。つまり、守備時における領域のリソース管理と考えることができる。 言葉ではわかりにくいので、模式図的例を出そう。今回は仮に、1.についてボールが前に進むほど失点の危険度が高まり、2.についてボールが単位距離を移動するごとに一定の割合でロストし、成功率は指数関数的に減るものと定義し(図1左)、両者を畳み込んでリスクマップ(図1右)を描いてみた。ボールのある位置より自陣側に高リスクな領域が広がっており、ここに人を配置するべきと理解できる。もちろんリスクマップのモデルの妥当性の問題はあるが、私個人は「ゾーンディフェンスはボール位置が基準となる」ということを初めて教えられたとき、このようなモデルを頭の中に描くことができ、すんなり腑に落ちた記憶がある。

最近ではこのゾーンディフェンスを理詰めで再現性をもって攻略する事例が増えているとのことで、まだまだ「新しい手」の開発は続いており、その中に絶対優位・劣位の関係にあるものも出てくるだろう。

 もちろん、いくら戦術的準備を整えようと、ドリブルでスコスコ抜かれてしまう、あるいは長身FWにクロスを入れられればヘディング打たれ放題になってしまうようでは「戦術的優位性」など容易に崩れ去る。リソース管理の文脈で言い直せば、選手が上手くなることはリソースを追加する、リソースで上回るとなるだろう。個人能力に合わせた戦術のカスタマイズ(これはフモフモ氏の意見と同じであるが)や新しい個人技の開発、個人技教育法の発展を含めれば、サッカーにはまだまだ未踏のフロンティアが多く残されている。今の段階で戦術が成熟しきったジャンケン関係になっているとは到底信じられない。フィジカル・テクニック両面の育成法を極め人間の身体能力で可能となる戦術のすべてを網羅すればその時は訪れるだろうが、当分の間その天井のことは忘れてよさそうである。

 以上のような前提を置いて、私はハリル体制を「結果を残すために現実的戦術を取る」ためのものであるとは理解していない。戦術ジャンケンのやり方を習得し、そのジャンケンで新しい手を開発する方法を習得する、Jリーグを始めとする日本サッカー界が「学び研究するスキル」を獲得するためのモデルケースとなり、自らの手で最先端――言い換えれば「ジャンケンのグーチョキパー全てに勝つ手」に至るための学びの過程であると認識している。もちろん、それが学べばすぐ見つかるようなものではなく、長い研鑽の先にあるものだろう。そして、自分たちの特徴に根差したサッカーというのはむしろそのさらに先まで行ったときに必要となるのではかろうか。

賭けオッズを支持率のデータとして読む

アジアカップが近くなってきた。このような大会が近付くと、賭けオッズを見ながら強い弱いという議論は出るものなので、その参考として賭けオッズの基本についておさらいしたい。

賭けオッズを作る

賭けオッズを作る・読む上で大前提となるのは、胴元は絶対に損をしないように作られている、ということである。この前提を満たすには、各選択肢に賭けられた金額の対全体比率の逆数を倍率の上限とすればよい。例えば、全金額のうち½(50%)が選択肢Xに賭けられているならば、X勝利時に2倍支払うことにすれば胴元は損得なしである。同様に、⅓(33%)が選択肢Yに賭けられていれば3倍、⅙(17%)が選択肢Zに賭けられていれば6倍で損得なしとなる。実際には胴元が一定の比率で取り分を設けるので、それを引いた還元率を投票比率の逆数にかけて売り出し倍率とする。還元率8割の場合、50%が賭けられている選択肢の倍率は(1÷0.5)×0.8で1.6倍となる。

賭けオッズを支持率のデータとして読む

オッズを読む場合には、基本的には上記の計算の逆をすればよい。ただし、還元率については胴元が勝手に設定したものであるため、我々がそれを知るには全選択肢のオッズから逆算する必要がある。具体的には、各選択肢のオッズの逆数を求め、その合計値の逆数が還元率となり、オッズの逆数に還元率をかけた数字が全賭け金額に対するその選択肢の選択比率となる。

以下に、2015アジアカップについてのとある賭博会社のオッズ表から、その賭博会社の想定している各選択肢の選択比率を示す。還元率は83.1%、全出場国が16カ国である中での日本のオッズ3.5倍は、全投票金額のうち23.8%が日本の優勝を予想しているということである。

asiancup2015williamhills

オッズ オッズの逆数 賭け金額の対全体比率
豪州 3 0.3333 27.7%
日本 3.5 0.2857 23.8%
韓国 6.5 0.1538 12.8%
イラン 10 0.1000 8.3%
ウズベク 15 0.0667 5.5%
中国 21 0.0476 4.0%
UAE 26 0.0385 3.2%
サウジ 26 0.0385 3.2%
イラク 41 0.0244 2.0%
ヨルダン 41 0.0244 2.0%
オマーン 51 0.0196 1.6%
カタール 51 0.0196 1.6%
北朝鮮 51 0.0196 1.6%
バーレーン 67 0.0149 1.2%
クウェート 81 0.0123 1.0%
パレスチナ 251 0.0040 0.3%
オッズの逆数の合計
=還元率の逆数
1.2030
還元率 83.1%

現行FIFAランキングの特徴を説明するからちょっと聞け

要点

  • 日本のFIFAランクは「勝てる公式戦」であるアジア杯とW杯最終予選の直後半年だけ上がる。
  • W杯とコンフェデで合わせて勝ち点10を取れるようになれば20位以内で安定するはず。
  • そうなるまでは各大陸の大陸杯・予選レギュレーションでどうとでもなるから細かいことは気にするな。

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UEFAの力で代表戦は減り、Jも相対的にきつい

近年のJリーグを取り巻く環境について「スター選手流出し過ぎ」「代表が盛り上がっているのにJが盛り上がっていない」「秋春制絶対反対」「ACLは罰ゲーム」など、様々な不満が聞かれる。こういった不満を解決したいところだが、そのための下調べをしていくと、原因の多くがUEFAの金満化にある、ということにたどりつく。これについていくつかトピックを列挙していく。

*急いで書いているので資料の添付は後回しにします

要約

  1. プレミアリーグと欧州チャンピオンズリーグの営業が成功して放映権料で金満化した
  2. 欧州でもアジアでも代表選は減らされる。
  3. EPLはホリデーシーズンに稼ぐために冬をリーグ戦で埋めたい。この結果、冬を開けたいJリーグには不利なAマッチ日程が押しつけられている。
  4. UEFAがUCLを強化した結果、CLの世界再編でJリーグにとっては減益要因にしかならないACLを押しつけられ、Jの日程が過密化していてる。

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Why does the Japan soccer team wear blue? – Confirmed history and presumed origin

Why does the Japan soccer team wear blue despite their red-and-white flag? The official answer from the Japan Football Association describes:

Although it is said that the blue is symbolizing the sea and sky surrounding Japan islands, in fact it is retrospective reasoning. There is no reliable document proving the reason why it is blue. Japan’s national team uniform was blue at the first half of the 20th century, and it continues to the present day.

Japan Football Museum exhibits the oldest national team’s shirt in existence looking light blue. There is no evidence older than that. The only thing that we can do is guess.

The blue presumably being the colour of college sports

The best guess at the moment is that the blue is coming from college sports. After the Meiji Restoration (1868), football was played by students of colleges, universities, and (especially) normal schools in Japan. The emperor’s cup was monopolized by students’ teams until 1959.

In the Meiji era, Japanese society wanted to learn everything from western nations, regardless of its importance. When the first boat race between the university of Tokyo and Kyoto was held, they put on blue shirts to imitate boat race between the university of Oxford and Cambridge. After that, other sports teams at the University of Tokyo have tended to wear light blue shirt. Soccer team of the university also did so.

International sports games started at the end of the 19th century. For a decade, there was no systematic method to nominate members of a national team. Sometimes “representative” (代表, Daihyō) method was applied: the winner of a domestic tournament directly became a national team. For example, the first national team was the team of the Tokyo Higher Normal School itself. In other cases, “selection” (選抜, Senbatsu; cf. Seleção of Brasil) method was used: member of the national team was picked up from several teams joining domestic tournaments. Both methods coexisted for several decades.

In 1930, Japan national soccer team for the 9th Far Eastern Games was nominated by “representative” method. The team was mainly consisted of the students from the university of Tokyo, who wore blue shirts in domestic tournaments. It is guessed that they kept wearing blue shirts at the national team.

Members for the 1936 Olympic Games were nominated by “selection” method. The members did not have common shirt because they are selected from various teams in domestic tournament. As a results, the team took over blue shirts from former national team. Finally, those blue shirts became the oldest national team’s jerseys in existence.

This is the storyline of a leading hypothesis for the colour of the Japan national soccer team. Although the centre of Japanese football was shifted from amateur to professional since 1993, national team continues wearing blue shirt. These days the blue became darker.

It is said that the colour of the boat race team, light blue, originates from the colour of Eton College where the association football begun. The samurai’s blue shirts are the legacy of football’s college sport era.

日本代表チームのユニフォームはなぜ青なの?

English version is in this blog.

日本の国旗は紅白なのに、なぜ日本代表チームのユニフォームは青なの?という疑問は日本を含めて世界のどこでも聞かれる話である。これに対するJFAの公式回答は、

「日本の国土を象徴する海と空の青」と一般的に考えられていますが、実際は後になってつけられた理由で、なぜ青なのかということは文献が残っておらず不明です。日本のユニフォームは、戦前に水色を採用しており、戦後もそれが引き継がれていました。

というものである。日本サッカーミュージアムにある最古の代表ユニも青で、これについて正確にさかのぼることはもう不可能である。ただし、有力な「東大由来説」があるので、これを紹介する。

青は大学スポーツから来たものか

明治の日本では、サッカーはカレッジスポーツの一種としてラグビーなどとともに普及した。このため、1959年まで天皇杯は学生チーム(特に師範学校)が独占していたほどである。明治時代は何でも欧米の真似をしてみようとしていた時代でもあり、1920年に開かれた東大・京大対抗のボート競技では、オックスフォードとケンブリッジの対抗戦を真似て青いユニフォームを着用し、それ以降、東京大学は他の競技でも(ケンブリッジを真似た名残の)淡青を主体に使っている。

スポーツの国別対抗戦が本格的に始まったのは20世紀初頭のことだが、始まったばかりの国別対抗戦では、「代表」を決める方法も安定しておらず、国内カップ・リーグの優勝チームが国を代表して出場することがあった。例えば日本最初の「代表チーム」は東京高等師範学校(現在の筑波大学)のチームそのものであった。その後の国際試合では各大学からよい選手を選ぶ選抜チーム方式と国内勝者がそのまま出場する代表チーム方式の間を行き来するが、ベルリン五輪の少し前、第9回極東選手権大会(1930年)で東大中心の代表チームが組まれている。この名残でベルリン五輪でも青が採用され、20世紀後半に日本サッカーの主役が実業団、プロと移り変わり、「青」の起源が忘れ去られても続いたのではないか――というのが現在よく知られた仮説である。

ケンブリッジのボートチームの色、淡青は、元をたどるとイートン校の色だと言う。偶然ながら、イートン校は現代サッカー発祥の地でもある。日本代表のユニフォームの青は、かつてサッカーがカレッジスポーツだった頃の名残をとどめているのである。

推定される起源
イートン校の色 → ケンブリッジのボートチームの色 → 東大のボートチームの色 → 東大サッカー部の色 → 
確定している歴史
→ ベルリン五輪代表 → 日本代表