キックの駆動力の4成分

筆者は専門のサッカー指導者ではありません。筆者が逆足キックを習得するために試行錯誤した事例を残すためのものです。本稿は試稿であり、批判的なご指摘・ご意見等も常に歓迎しております。コメント欄・twitter等でお気軽にご指摘いただければと存じます。

サッカーにおけるキックは、物理学的には足先を加速してボールにぶつけ、その反作用でボールを加速する過程と言えます。足先を加速するためには足先に力を加える必要がありますが、その力を発生させるため筋肉の使い方は、大雑把に以下の4種類に区分できると考えられます。

  1. 助走
  2. 軸足
  3. 水平面トルク
  4. 矢状面トルク

実際のキックはこれら4つの成分やその他の細かい動きが組み合わされたものですが、どの力を強調するかによってキックの性質が変わってくるでしょう。本稿ではそれについて考えます。

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UEFAの力で代表戦は減り、Jも相対的にきつい

近年のJリーグを取り巻く環境について「スター選手流出し過ぎ」「代表が盛り上がっているのにJが盛り上がっていない」「秋春制絶対反対」「ACLは罰ゲーム」など、様々な不満が聞かれる。こういった不満を解決したいところだが、そのための下調べをしていくと、原因の多くがUEFAの金満化にある、ということにたどりつく。これについていくつかトピックを列挙していく。

*急いで書いているので資料の添付は後回しにします

要約

  1. プレミアリーグと欧州チャンピオンズリーグの営業が成功して放映権料で金満化した
  2. 欧州でもアジアでも代表選は減らされる。
  3. EPLはホリデーシーズンに稼ぐために冬をリーグ戦で埋めたい。この結果、冬を開けたいJリーグには不利なAマッチ日程が押しつけられている。
  4. UEFAがUCLを強化した結果、CLの世界再編でJリーグにとっては減益要因にしかならないACLを押しつけられ、Jの日程が過密化していてる。

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Why does the Japan soccer team wear blue? – Confirmed history and presumed origin

Notes:

  1. Most of the linked site from this page are written in Japanese.
  2. I dare to write Association Football as “soccer” but “football”, because “soccer” is more suitable for describing the history of football in Japan. “Football” appearing in this page is broad sense, refers Association, Rugby and other football.

Why does the Japan soccer team wear blue despite their red-and-white flag? The official answer from the Japan Football Association describes:

Although it is said that the blue is symbolizing the sea and sky surrounding Japan islands, in fact it is retrospective reasoning. There is no reliable document proving the reason why it is blue. Japan’s national team uniform was blue at the first half of the 20th century, and it continues to the present day.

Japan Football Museum exhibits the oldest national team’s shirt in existence looking light blue. There is no evidence older than that. The only thing that we can do is guess.

The blue presumably being the colour of college sports

The best guess at the moment is that the blue is coming from college sports. After the Meiji Restoration (1868), football was played by students of colleges, universities, and (especially) normal schools in Japan. The emperor’s cup was monopolized by students’ teams until 1959. In the Meiji era, Japanese society wanted to learn everything from western nations, whether it is important or not. When the first boat race between the university of Tokyo and Kyoto was held, they put on blue shirts to imitate boat race between the university of Oxford and Cambridge. After that, other sports teams at the University of Tokyo have tended to wear light blue shirt. Soccer team of the university also did so.

International sports games started at the end of the 19th century. For a decade, there was no systematic method to nominate members of a national team. Sometimes “representative” (代表, Daihyō) method was applied: the winner of a domestic tournament directly became a national team. For example, the first national team was the team of the Tokyo Higher Normal School itself. In other cases, “selection” (選抜, Senbatsu; cf. Seleção of Brasil) method was used, and both methods coexisted for a decade. In 1930, Japan national soccer team for the 9th Far Eastern Games was mainly consisted of the students from the university of Tokyo, who wore blue shirts in domestic tournaments. — It is guessed that they kept wearing blue shirts at the national team, and selected members for the 1936 Olympic Games took over blue shirts from former national team, and finally those shirts were left as the oldest national team’s jerseys in existence. This is the storyline of a leading hypothesis for the colour of the Japan national soccer team. Although the centre of Japanese football shifts to professional team since 1993, national team continues wearing blue shirt.

It is said that the colour of the boat race team, light blue, originates from the colour of Eton College where the association football begun. The samurai’s blue shirts are the legacy of football as a college sport.

日本代表チームのユニフォームはなぜ青なの?

English version is in this blog.

日本の国旗は紅白なのに、なぜ日本代表チームのユニフォームは青なの?という疑問は日本を含めて世界のどこでも聞かれる話である。これに対するJFAの公式回答は、

「日本の国土を象徴する海と空の青」と一般的に考えられていますが、実際は後になってつけられた理由で、なぜ青なのかということは文献が残っておらず不明です。日本のユニフォームは、戦前に水色を採用しており、戦後もそれが引き継がれていました。

というものである。日本サッカーミュージアムにある最古の代表ユニも青で、これについて正確にさかのぼることはもう不可能である。ただし、有力な「東大由来説」があるので、これを紹介する。

青は大学スポーツから来たものか

明治の日本では、サッカーはカレッジスポーツの一種としてラグビーなどとともに普及した。このため、1959年まで天皇杯は学生チーム(特に師範学校)が独占していたほどである。明治時代は何でも欧米の真似をしてみようとしていた時代でもあり、1920年に開かれた東大・京大対抗のボート競技では、オックスフォードとケンブリッジの対抗戦を真似て青いユニフォームを着用し、それ以降、東京大学は他の競技でも(ケンブリッジを真似た名残の)淡青を主体に使っている。

スポーツの国別対抗戦が本格的に始まったのは20世紀初頭のことだが、始まったばかりの国別対抗戦では、「代表」を決める方法も安定しておらず、国内カップ・リーグの優勝チームが国を代表して出場することがあった。例えば日本最初の「代表チーム」は東京高等師範学校(現在の筑波大学)のチームそのものであった。その後の国際試合では各大学からよい選手を選ぶ選抜チーム方式と国内勝者がそのまま出場する代表チーム方式の間を行き来するが、ベルリン五輪の少し前、第9回極東選手権大会(1930年)で東大中心の代表チームが組まれている。この名残でベルリン五輪でも青が採用され、20世紀後半に日本サッカーの主役が実業団、プロと移り変わり、「青」の起源が忘れ去られても続いたのではないか――というのが現在よく知られた仮説である。

ケンブリッジのボートチームの色、淡青は、元をたどるとイートン校の色だと言う。偶然ながら、イートン校は現代サッカー発祥の地でもある。日本代表のユニフォームの青は、かつてサッカーがカレッジスポーツだった頃の名残をとどめているのである。

推定される起源
イートン校の色 → ケンブリッジのボートチームの色 → 東大のボートチームの色 → 東大サッカー部の色 → 
確定している歴史
→ ベルリン五輪代表 → 日本代表

中国超級・広州恒大が大金をぶっこむ理由

広州恒大がちょっと考えられないレベルの大金をつぎ込んでいることについて、普通の日本人は「中国は景気がいいから」「宣伝になるから」という感想を持つだろう。もちろんその側面はあるが、中国にはそれとは異なる事情がある。それについて簡単に説明する。

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欧州スポーツ紙のサッカー選手採点の目安

欧州スポーツ紙のサッカー選手採点は各国独自の歴史があり形成されたもので、国ごとにばらつきがあります。そこで、採点の統計分布を参考にして標準化することを試みます。ただし、全数データベースが参照できるkicker以外は現状は目算ですので悪しからず。

誰かシーズン通しの統計を持っていただけるとありがたい。

伊式 英式 独式
節で1人か2人、上位1%。出色の出来。 8.0 10 1.0
2試合に1人か2人くらい。上位5%。非常に良い出来。 7.5 9 1.5
その試合で違いを作った選手。 7.0 8 2
不動のレギュラーの平均値。 6.5 7 3
全体の平均値。 6.0 3.5
控え・ローテ組も含めた平均値。 5.5 6 4
試合に入れていなかった選手。 5.0 5 4.5
2試合に1人か2人くらい。下位5%。悪いほうに足を引っ張っていた選手。 4.5 4 5
節で1人か2人、下位1%。明らかにやらかした選手。 4.0 3 6

ニュージーランド戦の疑問にいくつか答える。

問:なぜNZなのか?

  1. 震災で流れた試合をやりなおす監督の希望(サッカーキング 震災から3年を経て実現するNZ代表戦…ザック監督自ら要望
  2. 選手はクラブでの約束事を叩きこまれており代表の戦術を思い出すのは時間がかかる。時間がないミッドウィークの試合では強化は不可能で確認のみとザックは述べており、重視していない。これは以前から繰り返し述べているとである。(日刊スポーツ 日本 W杯イヤー初戦へ調整 ザック監督「代表の戦い方を復習する」
  3. J開幕直後で国内組のコンディションはピークではなく、3月は例年ラトビアやアイスランドなど軽い相手を選んでいる。
  4. 昨年は予選・コンフェデとアウェー試合が多く、加えて2回連続で欧州遠征をしたため、支出ばかりでW杯前に金欠気味。なので集金しておく必要がある。

まとめ:3月のミッドウィークの試合は強化に不適と監督・協会ともに見なしており、それよりは大会前後によりいい環境を提供するための集金をしておくほうがマシで、ホームに呼べる軽い相手を、という総合的判断による。次がキプロスなのも同じ理由で、ホームで集金しつつ、集合一発目の復習として軽い相手を選んだため。

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